それが、読みながら、そして読後に残った一番強い印象であった。
著者は千住真理子の母親。画家と作曲家の兄をふくむ3人の子供の母親であり、この本は第一に家族の物語である。
千住家の両親にとって一番大変だったのは、教育資金である。父親は慶応の大学教授だが、子供の実力にふさわしいバイオリンを買い与える経済力はなく、実業への転職を真剣に考える場面がでてくる。
千住真理子は連日コンサートに立ちながらも、実はすでに寿命の過ぎている自分のバイオリンをテクニックに頼って鳴らす、というエピソードがある。そんな日々を重ねるうちに、バイオリニストは徐々に疲弊してゆく。すり減ってゆき、病気がちになる。
そんな中、常識的に考えたら購入できるはずのないストラディバリウスが、売りに出されていることを聞く。その後、それを手にして試し弾きしたときの感動。すぐあとに続く、入手できるはずもない絶望。
千住真理子じしんが、欲しいと口に出せない時に、二人の兄が動いて借金することを決意する。結果的に、担保に出来るものがなにもない中で、兄たちが人身担保になることで「億単位」の借金をすることに。そして購入へ。(それが2002年のこと)
この兄たちの献身的な行動からみて、3人兄妹の中で最も芸術的な天分に恵まれているのが、末っ子の妹であることは疑いない。少なくとも芸術家の兄たちはそう思っており、家族の中にうまれたもっとも優れた才能を大事にしたい、という思いからの動きに見える。千住真理子は、おそらく千住家のアイデンティティの象徴になっているのであろう。
全体的な記述はあまり整理されているとはいえず、母親の視点のせいか、やや感傷的と思われる個所も少なくない。しかし、芸術家3人を生んだ家庭に対して世間一般がいだきがちな「幻想」を打ちくだく程度には、赤裸々につづられている文章である。また、一流の音楽家と楽器の関係についても、伝わってくるところのある文章であった。
千住真理子公式サイト http://www.emimusic.jp/classic/senjumariko/index.php